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2008/12/04:11/248
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2008/11/04より648/7177
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2006 | 03 | 04 | 07 | 08
一人映画祭  
2006年3月25日(土曜日)
【狂気の桜】(TV版) 02:53  cin 
3月某日、TVを観ました。


【狂気の桜】

・自宅
・お勧め度
  「春が近いという事で、桜が好きな人」 小1つ星


観終わった感想を包み隠さず言うと、
「はぁ、何それ?何が言いたいの??」


もともと、窪塚という役者も嫌いだし、この映画の題材であるところの、
ナショナリズム、国家、暴力団、日の丸、といったものも嫌いだ。
『渋谷で生まれ育った現代の若者をリアルに暴き出している』
なんて言われた日にゃぁ、観る気が星3つ下がるってもんだし、なにより、暴力映画が大嫌いだ。
そういう理由から、当時窪塚の人気もあり、話題であったが、興味の対象外であった。


じゃなんで観たのか。
それは、一抹の親近感が沸いたからだ。

主人公と、チームを組む残りの2人のキャラ、その関係性、
主人公が、己の衝動、生きる意味をイデオロギーに求め傾倒していく様、
それを呑み込む大人達の弱さ。
そのそれぞれは、引き込むものがあった。
ただ、日本のためって言って暴力を振るうのだけではなく、
結局のところの個人が持つ弱さを解消したいがための暴力とが、
都合よく、小気味良く混ざり合っているのが、
現実味を帯びてて良かった。
イデオロギー傾斜し、欧米嫌いになり、
BSE問題を引き金に、肉を食わなくなるあたりが面白し、
何時ぞやの誰かさんを観ているようだ。

つまりは立派に矛盾無く生き抜いてみたいだけなのだ。


しかし、それを貫こうとすればするほど、
また、立ち止まって考えてみようとしても、
周りの時間や足は止まらず、彼を巻き込み、
憤りだけが溜まっていく様は、何か引き込むものがある。

また、BGMのラップが渋谷の街の匂いを高めて、煽ってくる。

しかし、日本刀や日本建築といった、所謂日本の美というものを、
画面に映せば映すほど、それはあざとくなり、白けさせていく。

何よりも納得出来なく、この映画を陳腐にさせたのが、ラストだ。

堕落した日本を暴力により、善くしようとする主人公
 ↓
その意欲を羨望する大人と、力を利用しようとする組織
 ↓
逆らうが飲み込まれていく主人公
 ↓
主人公は力の及ばない敵と対峙し、組付されてしまう。

と、ここまで大まかな流れで、
哲学、イデオロギーを追い求める主人公とは全く異質の存在である「消し屋」に
組み付され「お前の命は金を掛ける価値」がないとまで言われて、
さぁ!どうする!!ってところで、エンドロール。
『え?終わり??』
そう思っていると、エンドロールが終わって、
両側が満開の桜の小川の橋の上で女を待つ主人公が小さく映される。
鈍い金属の音がしたかと思うと、主人公は崩れ落ち、殺された事を暗示して、映画は終わる。

はぁぁぁぁぁ?何が言いたいの???

桜なんだから散らせてみました、って事?
話しがつながらないし、女に逃げた、って事?
気張って生きてみたって、金の力で消されるよ、って事?
劇中の台詞での「こいつ(暴力)で成り上がったものは、結局これでやられる」って事?
暴力反対!って事?
なにを伝えたかったのがわからない!!

方法は間違っているかもしれないが、
なんとかして日本を善くしよう、
自分の思うままに生きてみよう、
とそうする若者が、桜のごとくただ散りましたって事じゃん。

いろいろと大きな事を謳っているわりには、
なんともしょぼい結論であり、メッセージでした。
どうせなら、もっともっと冒険して欲しかった。


「それが現実でしょ」って言われれば、それまでだけど。
そうか、この無力感こそが、正しく、
『渋谷で生まれ育った現代の若者をリアルに暴き出している』
ってやつなのか。
糞くらって、西へ飛べ!!!


暴力の描写は、『パッチギ』の方がよっぽど多かったし、
死ぬシーンは無かったにしても、この作品よりも断然痛々しかった。
(ビー玉を口の中に大量に含ませて殴るって、、、どうよ。)
それでも、『パッチギ』の方が断然観終わった後の清々しくなれるのは、
その作品に流れるメッセージなんだと思うね。

途中(最初の約30分は観てない)から観てるから、批判するのもなんだけど、
自分がかなわない力に対して、狂気した彼がどう立ち向かっていくかが観たかっただけに、
ただ煽るだけ煽って中身のない映画だった。




また、幕が降りたらお会いしましょう。

〜物語の始まりは、日常の終わり
  物語の終わりは、日常の始まり〜
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