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2008/08/09:5/70
2008/08/08:16/138

2008/07/10より387/4947
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なぜならあなた同様私たちにもわからない可能性を秘めているのですから。
一歩を踏み出すことから全てが始まります。→ブログの作り方のブログ

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2006 | 03 | 04 | 07 | 08
一人映画祭  
2006年3月25日(土曜日)
【BLUE CRUSH】(TV版) 03:12  cin 
3月某日、TVを観ました。



【BLUE CRUSH】

・自宅
・お勧め度
  「サーファー」 4つ星半
  「ビキニが好きな人」 4つ星
  「自立していこうとする女性が好きな人」 3つ星半


「男を頼らない女性に戻ればいいのさ」
主人公の女性(少女?)の恋人(?)が、彼女にどうしたらいいのかを聞かれた時の返答。

どこをどうっても、サーファーのための映画だ。
圧倒的な波の迫力に、ライディングする爽快感と驚嘆に、吸い込まれそうな南国の青空!
そして、なによりも、わずかな布切れしか身につけていない女性達の美しさだ。
まさしくよだれがでれるとはこういう事がいえるのだろう。
ただ単純に肉欲的な水着姿を拝みたければ、そこら辺の週刊誌か漫画雑誌を買えばいいだろう。
しかし、その土地、風土、風習、自然の一部となっている女性のありのままの姿というのは、なんとも美しいことか、なんともそそられることか。

ストーリーは才能に恵まれている少女が、メジャーになるため、金を稼ぐため
サーフィン大会の最高峰パイプ・ライン・マスターズへに挑もうとするが、怪我を恐れ本来の力を発揮できない。
そこへ名声も金も持つ男が現れ、当然のごとく惹かれ合い、のめりこむ。
ただそこで得られるものと、今まで目指し努力してきたもの中で揺れる、というよりは、本心は戻りたいのだが、
どうにも一歩が踏み出せないところに、冒頭の一言だ。
なんとも、いい一言だ。

この映画に惹かれた一番のは、
波の迫力でも、ビキニ姿でも、空の青さでもなく、
少女のサーフィンに対する熱意と、弱気と、迷いと、
決して恵まれた環境ではない中でひたむきに生きようとする、その姿勢と、
それを支えぶつかる仲間達がとても魅力的に映ったのだ。
どこにでもある、ありふれた青春ムービーといえば、それまでだけど、
観終わった後にはなんとも清々しい気分になれる、そんな作品だった。



また、幕が降りたらお会いしましょう。

〜物語の始まりは、日常の終わり
  物語の終わりは、日常の始まり〜

04/05 11:42 キャサリン@ゲスト 
フマイン工房で見たのかな??

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【狂気の桜】(TV版) 02:53  cin 
3月某日、TVを観ました。


【狂気の桜】

・自宅
・お勧め度
  「春が近いという事で、桜が好きな人」 小1つ星


観終わった感想を包み隠さず言うと、
「はぁ、何それ?何が言いたいの??」


もともと、窪塚という役者も嫌いだし、この映画の題材であるところの、
ナショナリズム、国家、暴力団、日の丸、といったものも嫌いだ。
『渋谷で生まれ育った現代の若者をリアルに暴き出している』
なんて言われた日にゃぁ、観る気が星3つ下がるってもんだし、なにより、暴力映画が大嫌いだ。
そういう理由から、当時窪塚の人気もあり、話題であったが、興味の対象外であった。


じゃなんで観たのか。
それは、一抹の親近感が沸いたからだ。

主人公と、チームを組む残りの2人のキャラ、その関係性、
主人公が、己の衝動、生きる意味をイデオロギーに求め傾倒していく様、
それを呑み込む大人達の弱さ。
そのそれぞれは、引き込むものがあった。
ただ、日本のためって言って暴力を振るうのだけではなく、
結局のところの個人が持つ弱さを解消したいがための暴力とが、
都合よく、小気味良く混ざり合っているのが、
現実味を帯びてて良かった。
イデオロギー傾斜し、欧米嫌いになり、
BSE問題を引き金に、肉を食わなくなるあたりが面白し、
何時ぞやの誰かさんを観ているようだ。

つまりは立派に矛盾無く生き抜いてみたいだけなのだ。


しかし、それを貫こうとすればするほど、
また、立ち止まって考えてみようとしても、
周りの時間や足は止まらず、彼を巻き込み、
憤りだけが溜まっていく様は、何か引き込むものがある。

また、BGMのラップが渋谷の街の匂いを高めて、煽ってくる。

しかし、日本刀や日本建築といった、所謂日本の美というものを、
画面に映せば映すほど、それはあざとくなり、白けさせていく。

何よりも納得出来なく、この映画を陳腐にさせたのが、ラストだ。

堕落した日本を暴力により、善くしようとする主人公
 ↓
その意欲を羨望する大人と、力を利用しようとする組織
 ↓
逆らうが飲み込まれていく主人公
 ↓
主人公は力の及ばない敵と対峙し、組付されてしまう。

と、ここまで大まかな流れで、
哲学、イデオロギーを追い求める主人公とは全く異質の存在である「消し屋」に
組み付され「お前の命は金を掛ける価値」がないとまで言われて、
さぁ!どうする!!ってところで、エンドロール。
『え?終わり??』
そう思っていると、エンドロールが終わって、
両側が満開の桜の小川の橋の上で女を待つ主人公が小さく映される。
鈍い金属の音がしたかと思うと、主人公は崩れ落ち、殺された事を暗示して、映画は終わる。

はぁぁぁぁぁ?何が言いたいの???

桜なんだから散らせてみました、って事?
話しがつながらないし、女に逃げた、って事?
気張って生きてみたって、金の力で消されるよ、って事?
劇中の台詞での「こいつ(暴力)で成り上がったものは、結局これでやられる」って事?
暴力反対!って事?
なにを伝えたかったのがわからない!!

方法は間違っているかもしれないが、
なんとかして日本を善くしよう、
自分の思うままに生きてみよう、
とそうする若者が、桜のごとくただ散りましたって事じゃん。

いろいろと大きな事を謳っているわりには、
なんともしょぼい結論であり、メッセージでした。
どうせなら、もっともっと冒険して欲しかった。


「それが現実でしょ」って言われれば、それまでだけど。
そうか、この無力感こそが、正しく、
『渋谷で生まれ育った現代の若者をリアルに暴き出している』
ってやつなのか。
糞くらって、西へ飛べ!!!


暴力の描写は、『パッチギ』の方がよっぽど多かったし、
死ぬシーンは無かったにしても、この作品よりも断然痛々しかった。
(ビー玉を口の中に大量に含ませて殴るって、、、どうよ。)
それでも、『パッチギ』の方が断然観終わった後の清々しくなれるのは、
その作品に流れるメッセージなんだと思うね。

途中(最初の約30分は観てない)から観てるから、批判するのもなんだけど、
自分がかなわない力に対して、狂気した彼がどう立ち向かっていくかが観たかっただけに、
ただ煽るだけ煽って中身のない映画だった。




また、幕が降りたらお会いしましょう。

〜物語の始まりは、日常の終わり
  物語の終わりは、日常の始まり〜
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リンク元  (3)
2006年3月10日(金曜日)
【MUNICH】 12:40  cin 
3月3日終電に乗れない時間まで働いたので、映画を観てきました。



【MUNICH】

ヴァージンTOHOシネマズ 六本木
・お勧め度
   「戦争について考えたい人」   3つ星半
   「元気になれる映画が観たい人」 0つ星
   「グロテスクなものが駄目な人」 0つ星

 「国とは、故郷とは、何だろうか?」
それが観終わった後に一番強く残っている感想です。
国のため、故郷のため、家族のため、彼は復讐の暗殺行為に
身を投じるだけれども、人格が崩壊し、
結局彼は国、というより、国家組織に「裏切られ」
(最初からただの駒の一つとして扱われていたのだから、
裏切りとは言えないかもしれないが、
ラストシーンで、
主人公の「大切な人として夕食のテーブルについて欲しい」の投げかけに対して、
背を向けた上官(つまりは国家組織)は「裏切り行為」以外のなにものでもない。)
ただ、信じるられるものは、自分をとりまく家族だけになる。

ぼくがこの映画で感じたのは、
その人の人生への価値観、イデオロギー、アイデンティティーは、
その人にとっての何を意味するのだろうか、という事だ。
戦争に巻き込まれる人々、もしくは積極的に巻き込まれる人々が、
己の幸福のため、平和のため、自分のため、自分以外の他者のため、
と言って、人を殺し、死んでいく様をみせつけられる度に、
なにかとても歯がゆい感覚に陥る。

映画を観る前は、もっと主人公は苦悩していくのだと思ったが、
思いのほか、淡々と進んでいく。
苦悩というよりも、そのあまりの状況に壊れていく様が印象に残ってます。

頭を抱えてじっと悩むというよりも、
復讐リストに載っている人物を殺す事こそが、
自らの平穏につながるという事にすがりつき、
様々な出来事に動じないよう、冷静に行動しようとすればするほど、
起こる事実を受け止めきれず壊れていく。

母親が全てを見通したように彼に
「あなたがやった事はわたし達がこの土地で生きるためにした事。
あなたの子のためにした事、何をしたのかは知らないが、胸を張りなさい。

といったニュアンスの事を言って彼を諭し励ますが、
「した事を知りたいか」と言われると、「ノン」と答える。

PLOと一員の対峙での
「例えどれ程の時と血を流しても、あの土地を手に入れたい」
という言葉

復讐メンバの爆弾の工作員(実は解体が専門、元は玩具屋)が
「ユダヤ人としての誇りを見失っている。止めよう。」
という哀願

彼を英雄と呼び握手を求める若い軍人。

それらに対しての彼からの答えはない。
持ち合わせてないのだ。
リストの人物を殺す事に、「逃げる」事しか彼にはなかったのだから。
(その行為は正しく「逃げ」だと思う。)

そして、最後はそのリストを渡した国からも裏切られ、映画は終わる。
だからこそ、思うのだ
「国とは、故郷とは、何だろうか?」と。
スクリーンに出てくる人々の国というものに対する執着心は、
島国で一度も占領された事のない(アメリカには占領されたと思うが、)
日本人にはわかりにくい事なのかもしれない。
ただ、それでももどかしくなる。


ミュンヘンオリンピックに起こった事を初めてこの映画で知ったので、
ある程度わかってる事を前提に作られている部分もあるので、
わかりにくかったり、映画で起こっている事を捕まえ切れなかったりしました。
勉強不足です。
なので、勉強してから、もう一度見てみたいです。

ただ、ホントにぐろい。

プライベート ライアン
といい、
スピルバーグは、ちょっとその路線を押しすぎな気がする。
ラストのベットシーンも、何故SEXとテロの回想シーンを
混ぜなきゃいけないのが、いまいち意味がわからなかった。
ただ、インパクトを強くするためだけだったら、
余りにも悪趣味だ。



また、幕が降りたらお会いしましょう。

〜物語の始まりは、日常の終わり
  物語の終わりは、日常の始まり〜


03/11 10:49 gyp 
まだ私は見ていませんが、ぜひ見てみたいです。原作はこちらですね「http://goodclue.net/modules/amazon/index.php?category=466300&keyword=%C9%B8%C5%AA%A4%CF11%BF%CD%A1%BD%A5%E2%A5%B5%A5%C9%B0%C5%BB%A6%A5%C1%A1%BC%A5%E0%A4%CE%B5%AD%CF%BF&rank=1&in_out=in」このサイトにミュンヘン事件の背景が書かれています。「http://palestine-heiwa.org/note2/200602112058.htm」

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2006年3月09日(木曜日)
【夢のチョコレート工場】 (DVD) 19:59  cin 
2月某日、DVDを観ました。


【夢のチョコレート工場】

・自宅
・お勧め度
  「冬の寒さに悴んでいて、甘いもので温まり人」 4つ星半

去年の年も押し迫ったある日の仕事帰りに有楽町のビックカメラに寄ったところ、

チャーリーとチョコレート工場
のDVDの発売日だったらしく、
入り口の前に大きなポスターが張られ、大きなワゴンには、ずら〜〜〜っとDVDが並んでいました。
「チャリーと〜」は、去年観た作品でも群を抜いて好きだったので、
買おうかなーとも思ったのですが、ひねくれ者なので、
強く前面に押されて売り出されているのを観ると、
途端に購買意欲が無くなり、嫌悪感さえ感じてしまうんです。

そんな同じパッケージのDVDが大量にある中に、
なんか絵は違うけど、あきらかに「チャリーと〜」
を意識した絵をしたDVDがあったのです。
それが「夢のチョコレート工場」でした。
某国あたりのパチ物かな〜とも思ったのですが、そうではなく、
むしろこっちの方を「チャリーと〜」が、
リメイクしたものだったとは知りませんでした。

「どっちが面白いか?」と聞かれれば、
「チャリーと〜」の方が面白いと思う。
音楽もギャグもストーリーもキャラのディティールも。
この作品は、ミュージカル風で、パンチには欠ける。
ただ1971年初公開を考えると、その当時でもこんな映画を作れたのか!という驚きと、
画質が悪かったり、鮮やかなCGを使わない分、
味が出てあたたかい気持ちになれる。
そして、なにより、あのゴールデンチケットを手に入れるエピソードは、
断然この作品の設定の方が好き。
逆に何故「チャリーと〜」がそれを変えてしまったのだろうか。

なにはともあれ、心あたたまる作品でした。


また、幕が降りたらお会いしましょう。

〜物語の始まりは、日常の終わり
  物語の終わりは、日常の始まり〜

03/09 21:55 gyp 
子どもの頃みたことがあります。

03/09 22:21 cin 
へー、いいですねー。僕も子どもの頃に観たかった。

03/10 13:38 mina@ゲスト 
チャーリー、私も好きです。

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2006年3月08日(水曜日)
【THE 有頂天ホテル】 20:22  cin 
2006年2月某日、また映画を観ました。

【THE 有頂天ホテル】
ユナイテッド シネマ 入間
・お勧め度 
  文句なしの5つ星!!
 (登場人物が多いのが苦手な人 2つ星)



人が生きるのって、なんて無様で、なんて滑稽で、なんて愛おしいんだろうか!!


2回目にして、2006年の最高の1作に出会ったしまった。
正に三谷幸喜の18番の群集劇。
映画が何本も作れる豪華なキャストに、その絶妙な配役と、演出。
そして、何をおいても、三谷脚本の魅力たっぷり、
複線がありまくりの、つながりまくりの、笑いまくり。
苦言を呈すると、後半から最後の盛り上がりまでが
若干中だるみした感じがし、映画自体がそこし長く感じた。
それも群集劇のフルコースディナーを食べたと思えば、納得ともいえる。
どこがいいか書きたいけれど、
良作の感想は書けば書くほど、その良さから離れてしまう気がするので、
ここまで。


今回のような一箇所に様々な人間を登場させる群集劇の方法を「グランド・ホテル形式」というそうな。
という事で、その形式の語源にもなったグランド・ホテル(DVD)を購入してしまった。
その感想はまた後日。


また、幕が降りたらお会いしましょう。

〜物語の始まりは、日常の終わり
  物語の終わりは、日常の始まり〜
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2006年3月07日(火曜日)
【博士が愛した数式】 17:31  cin 
どうも、ご存知の方も、そうでない方も、初めまして。

2006年1月某日、今年1発目の映画を観ました。

【博士が愛した数式】
シネマシティ 立川
・お勧め度
 「数学に一度でも美を感じた人」 4つ星
 「深津絵里が好きな人」      4つ星(涙あり)
 「小川洋子作品の好きな人」   0つ星

何故、この映画を観たかというと、
原作の小川洋子が大好きだったからです。
かれこれ5年前、就職活動も一段落をし、卒研もまだ忙しくなかったある日、
学校の図書館で手に取った本が、小川洋子の「沈黙博物館」でした。
その時は確か他に読みたい本がメインにあって、
なんの気なしに、タイトルだけで選んだのを覚えています。
(後から思うと、好きな作品の多い中でも上から1、2番に入るので、かなり良い選択でした。
一番のお勧めは、「密やかな結晶」です。
小川洋子作品の魅力の全てが詰まっていると言って過言ではありません。)
そこから小川洋子ばかりを漁るようになりました。
正直、活字離れしているので、あれから小説で小川洋子以上に、
誰か一人の作品ばかりを読むという事はないです。
何がそこまで惹きつける魅力かというと、
「哀しみで満ちた水中をゆるやかに沈みながら、
日の光できらめく水面を静かに眺めるような感覚」
になるからです。
分かりやすく言うと、というか、
映画公開のおかげで急激に増加した、小川作品の批評サイトから抜粋しますと、
「ただ静かに過ぎてゆく時間が心地よい物語。」
「風景や街並や祭りなどの一連の情景描写はどこか幻想的な美しさを醸し出し、簡潔ながら効果は鮮やか。
一方、妙に猟奇的な場面があるが、全然生々しさがなくて、不思議なくらい不快感がない。」
「極限状態を、小川洋子特有のしっとりとした美しい言葉たちでつづられています。」
「小川洋子さんの作風は、物語を「紡ぎ出す」という表現がぴったりだと思います。
透明感や美しさに溢れていて、読み出すと一気に引き込まれる不思議な世界でした。
淡々と描き出される日常や、人と人との交流には心温まり、まさに小川さんの魅力が満載・・・
その一方で、あまりにも報われない喪失、哀しみに満ちた世界観はこれまたまさに小川さんの魅力・・・
あ〜いい作品だったなぁとしみじみ思う一方、読まなきゃよかったとも思う作品でした。
哀しい・・・ 」
と、小川洋子作品を語るには、「静か」「幻想」「哀しみ」「淡々と」「美」といった言葉が必要になってくきます。
「幻想的で哀しい設定なのに、主人公は静かに受け止め、身をゆだね、淡々と物語はすすむ」
と書くと、ともすると、つまらそうに感じると思うのですが、「静かに受け止める」ってところに、
小川洋子作品の醍醐味があると思います。
その受け止め方が爽やかで、共感し、そして少し苦いんです。

いかに、小川洋子作品が好きか分かって頂けたかと思います。
そこで、今回の「博士が愛した数式」ですが、
これも3本の指に入る好きな作品の一つです。
その内容は、他にも沢山転がっているので、あえて書きませんが、
深津絵里が出て小川洋子作品、チラシを見つけ、
上演をするという事を知った時には鳥肌衝撃が走ったぐらいです。

だけど、正直、映画を観るのが怖い気持ちもありました。
よく原作を読んでから映画を観ると、
大抵原作の方が良かったと思う事が多く
そもそも、小川作品の魅力は、
「摩訶不思議な残酷でもある設定」を「淡々と受け止める」のが魅力なんです。
映画としての盛り上がりをどう作るんだろうか。
それが頭をよぎったのです。
そして、CMで寺田聡が泣いているシーンを見たときに、
その不安は大きくなりました。
僕の中の「博士」は、決してあんな風に取り乱して泣かないからです。
そして、それこそが僕が小川作品が好きな一番の理由だからです。

ここまで書けば想像ついたと思いますが、
映画自体は、数学の魅力が伝わってきたり、静かであたたかな気持ちも伝わってきましたが、
小川作品としての魅力は、皆無でした。
別ものとして観る分には、そこそこ面白いと思いますが、
僕にとっては、全くもってつまらない映画でした。
原作が小川洋子なのを売りにしているのをやめて欲しいぐらいに。

2006年の1作品目としては、非常に残念だし、
つまづいた形のスタートとなりました。


また、幕が降りたらお会いしましょう。

〜物語の始まりは、日常の終わり
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